「明日への遺言」を観る
2008年 02月 19日
「明日への遺言」を観てきました。
この作品は、第二次世界大戦後、東海軍(名古屋辺り)司令官だった陸軍岡田資(おかだたすく)中将と部下19名が、戦争中の空襲の際、爆撃機からパラシュートで降下した連合軍(米軍)搭乗員を捕虜として扱わず、処刑したという罪でB級戦犯に問われた、という実話だそうです。恥ずかしながら、この話は私は存じませんでした。
文芸界の巨匠といわれる大岡昇平氏の原作本も有名だそうなので、ネタばれとか余り気にせず書かせて頂きます。
映画のオープニング、ピカソの「ゲルニカ」で幕の開きます。一連の戦争を描いたキュビズム絵画はことに有名ですが、幸せに満ちたそれは美しい絵画も残しているピカソが、人生における喜怒哀楽を経験した時、彼の絵筆は見るものを脅かし、例えば絵の意味が良くわからない子供が見ても、悲しく恐ろしく気持ちの悪い‘底力’のあるものを生み出しました。その代表、スペイン内戦を描いた「ゲルニカ」。
続いて空襲を受け黒焦げの人々(遺体・・・)が、ころがる焼け野原の実録映像も流れ、初めから「厳しい内容なのだな」と、構えて鑑賞しました。
戦争は、家族に優しく素晴らしく人望が厚い人間でも、「殺人」という人ならば犯してはならない罪をいとも簡単に行わせます。
そして、その罪は例え暴かれなくても、一生記憶のある限り背負っていかなければならない十字架。そして、もしその罪が暴かれることがあれば、誰かが責任を負わなければ一応の‘かた’のつかぬ重たいもの。誰もそんな重いものは背負いたくない。
この映画の主人公・岡田陸軍中将は、自ら(されど理路整然と)罪を背負ってこの世を去った。
映像の(ストーリー)のほとんどは岡田中将が「法戦」とよんだ、横浜の法廷でのGHQ裁判の様子です。時代背景もありますし、内容が戦犯の裁きという事もありますが、難しい‘角ばった’言葉が並び、現代の平和ボケした不抜けな私には仲々内容を飲み込むのに努力が必要でした。話がそれますが、陪審員制度が始まれば、内容によっては何日も難しい裁判を傍聴せねばならない可能性もあり、不安を感じました。
連合軍側は「国際法に反して捕虜扱いをしなかった」という論じ、岡田中将は「無差別空襲こそ国際法に反する」。と言う様な事で争います。ですが、岡田中将他、敗戦日本国が刑を免れるは出来る筈もなく、量刑がいかほどのものか、という辺りが要の論点だったようです。
岡田中将はそこで、一番上官であった自分の一切の責任がある、という意見を述べます。やりようによっては他の人にも責任があった(実際あったと思う)と供述出来た筈。
「自分と一緒に19人がすべて極刑になることもない」と、それをしなかった岡田中将の生き様を映画にしている訳です。
またまた平和ボケの無学ですが、戦争時に‘ルール’があってそれが=国際法、という認識はなかったので、殺し合いの国獲り合戦に(ちょっと過激でしょうか)法律を持ち込むのか、とちょっと驚きました。
ひたすらに裁判の様子と、岡田中尉の人となりを淡々と描く作品で、潔い言動や死を「本望である」と受け入れる精神力の強さは感じるものがありましたが、監督は何を観客に訴えたかったのかいまひとつ心に響いてきませんでした。
また一つ映画的に難をいえば、皆で風呂に入るシーン、どうもみな色白でいささか肉付きがよい感じがしました。
もっと瘠せている・・・というか余分な脂肪なんかなかったのでは、と。
今はサンシャイン60が建つスガモプリズンの食事はそんなに栄養価が高かったのかな。
「明日への遺言」@映画生活
この作品は、第二次世界大戦後、東海軍(名古屋辺り)司令官だった陸軍岡田資(おかだたすく)中将と部下19名が、戦争中の空襲の際、爆撃機からパラシュートで降下した連合軍(米軍)搭乗員を捕虜として扱わず、処刑したという罪でB級戦犯に問われた、という実話だそうです。恥ずかしながら、この話は私は存じませんでした。
文芸界の巨匠といわれる大岡昇平氏の原作本も有名だそうなので、ネタばれとか余り気にせず書かせて頂きます。
映画のオープニング、ピカソの「ゲルニカ」で幕の開きます。一連の戦争を描いたキュビズム絵画はことに有名ですが、幸せに満ちたそれは美しい絵画も残しているピカソが、人生における喜怒哀楽を経験した時、彼の絵筆は見るものを脅かし、例えば絵の意味が良くわからない子供が見ても、悲しく恐ろしく気持ちの悪い‘底力’のあるものを生み出しました。その代表、スペイン内戦を描いた「ゲルニカ」。
続いて空襲を受け黒焦げの人々(遺体・・・)が、ころがる焼け野原の実録映像も流れ、初めから「厳しい内容なのだな」と、構えて鑑賞しました。
戦争は、家族に優しく素晴らしく人望が厚い人間でも、「殺人」という人ならば犯してはならない罪をいとも簡単に行わせます。
そして、その罪は例え暴かれなくても、一生記憶のある限り背負っていかなければならない十字架。そして、もしその罪が暴かれることがあれば、誰かが責任を負わなければ一応の‘かた’のつかぬ重たいもの。誰もそんな重いものは背負いたくない。
この映画の主人公・岡田陸軍中将は、自ら(されど理路整然と)罪を背負ってこの世を去った。
映像の(ストーリー)のほとんどは岡田中将が「法戦」とよんだ、横浜の法廷でのGHQ裁判の様子です。時代背景もありますし、内容が戦犯の裁きという事もありますが、難しい‘角ばった’言葉が並び、現代の平和ボケした不抜けな私には仲々内容を飲み込むのに努力が必要でした。話がそれますが、陪審員制度が始まれば、内容によっては何日も難しい裁判を傍聴せねばならない可能性もあり、不安を感じました。
連合軍側は「国際法に反して捕虜扱いをしなかった」という論じ、岡田中将は「無差別空襲こそ国際法に反する」。と言う様な事で争います。ですが、岡田中将他、敗戦日本国が刑を免れるは出来る筈もなく、量刑がいかほどのものか、という辺りが要の論点だったようです。
岡田中将はそこで、一番上官であった自分の一切の責任がある、という意見を述べます。やりようによっては他の人にも責任があった(実際あったと思う)と供述出来た筈。
「自分と一緒に19人がすべて極刑になることもない」と、それをしなかった岡田中将の生き様を映画にしている訳です。
またまた平和ボケの無学ですが、戦争時に‘ルール’があってそれが=国際法、という認識はなかったので、殺し合いの国獲り合戦に(ちょっと過激でしょうか)法律を持ち込むのか、とちょっと驚きました。
ひたすらに裁判の様子と、岡田中尉の人となりを淡々と描く作品で、潔い言動や死を「本望である」と受け入れる精神力の強さは感じるものがありましたが、監督は何を観客に訴えたかったのかいまひとつ心に響いてきませんでした。
また一つ映画的に難をいえば、皆で風呂に入るシーン、どうもみな色白でいささか肉付きがよい感じがしました。
もっと瘠せている・・・というか余分な脂肪なんかなかったのでは、と。
今はサンシャイン60が建つスガモプリズンの食事はそんなに栄養価が高かったのかな。
「明日への遺言」@映画生活
by bijomaru0330am | 2008-02-19 23:45 | 試写会